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WFCクラブの皆様こんばんは。
本日は【東京第3支店】の代理店を務める前田 精造さんからお送りいたします。
🎍【異色の水墨画家 篁 牛人の画業と生涯に見せられて】🎍
◆篁 牛人(たかむら ぎゅうじん)(1901〜1984年)
昭和時代の日本画家。幼名は光磨。本名は浄信。
※ wikipediaより
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私が篁 牛人の作品と初めて出会ったのは、
三十数年前に開かれた水墨美術館の牛人展でした🖼️
会場の入り口で最初に目に留まった作品が畳4枚程ある牛とコブラの水墨画で、
これが渇筆(※)だと係員から聞き、その場に立ちすくんだ記憶があります。
※ 書道や水墨画において、筆の墨の含みが少ない状態でかすれを生じさせる技法。
また、富山の画家さんだと聞き、
凄い画家が身近にいらしたのだと思わずにはいられませんでした🗾
その時から、機会があれば小品で良いから牛人画伯の作品を手元に飾れればと思っていました。
その後、長い年月が経ち偶然にも彩色画を一品手に入れ、
気がつけば今では300数点にのぼる画集コレクターになっていました。
ここ数年、篁 牛人に魅せられて作品の収集や牛人の年譜を調べましたが、調べるほど牛人画伯の魅力に惹かれていきました📚
後に、初めて出会った牛絵の作品が牛人の代表作品のひとつである『老子出関之図』だと分かり、当時の記憶が蘇った次第です。
篁 牛人の画業には師もなく、どの美術展にも出品もなく、何処にも属さず、また受け継ぐ人もいない、
言わば、日本美術史上血脈のない生涯反逆を貫き続け、孤独と冒険の人生だったと言われています🚶♂️
戦後、西洋美術に大勢が傾斜する中、
篁 牛人の仕事は単なる異色の水墨画家という以上に” 異色の水墨画家中の異色作家 “と言った方が当たると思います。
いずれにせよ独学、独修、どこまでも独立独歩の研修であり、
もちろんその間に藤田嗣治の感化あり、ピカソの刺激あり、小杉放庵の示唆が作用した事実は容易に看取されますが、
仕事の発想といい、手法といい、肉づけといい、ユニークさは、並々ならぬ才能と鋭敏な神経の上に立っているからだと思います。
後世に残す為に始めた画集ではありますが、
一人でも沢山の人に牛人作品を見て戴き、また牛人画伯の生き方を知って戴けたら幸いです。
本日もお読みいただき有難うございました。
〜東京第3支店〜
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